概要
安東熊野神社は安倍郡安東村誌(大正二年)に
「北安東字宮下(練兵場西北方)にあり 和銅年中(紀元一千三百年代の末)
紀伊國熊野三所(本宮・新宮・那智)の大神(伊邪那美命・速玉之男命・事解之男命)を勧請して
祭る所境内一三八九・三八坪ありて別に
荒神社(奥津比古命 奥津比売命)
津島神社(速須佐之男命)
障神社(八衢比古命 八衢比売命)
稲荷神社(保食神)
白鬚神社(武内宿穪命 三五年合祀)
三島社(大山祗命 三五年合祀)の数祠を鎮座す」
とある。
また、静岡市神社名鑑に
「昭和十四年境内社五社を合併し社名を五社神社と改め社殿を新築して遷座した。」とある。
踏査結果・考察
神社名鑑に境内社五社の内訳は記されていない。
しかし、安東村誌記載の六社のうち、白鬚神社と三島社は本社に合祀されている。
このため、
荒神社
津島神社
障神社
稲荷神社
の境内社四社に加え、
更にもう一社が合祀されていることになる。
熊野神社を訪問すると、
五社神社の社殿に
荒神社
津島神社
塞神社(障神社)
稲荷神社
佐口神社
とあり、残る一社は佐口神社であることが確認できた。
この佐口神社については村誌にも記されていないが、駿河志料の北安東の項にある「熊野社、白髭社、天神、左口司」や、
今井野菊氏の報告にある静岡市安東の「左口司社」が該当すると思われる。
2022/6/28踏査
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