小柳津西宮神社(左軍神社)

焼津市小柳津237

小柳津西宮神社鳥居

概要

小柳津西宮神社は永禄年間(1558~1570)の創立と伝えられる。
かつては西宮太神宮、出世恵比須とも称し、現在も拝殿に「出世恵比須」の扁額が掲げられている。明治六年に西宮神社に改称。
祭神は蛭子命で、相殿に大己貴命、天照皇大御神を祀る。

小柳津西宮神社扁額

慶長の大井川大洪水で荒廃した小柳津は、志太郡滝沢村の岡村家によって改めて開墾された。
その岡村家の氏神が西宮神社だったため、当地にも勧請したとされる。

さて、「小柳津」は、南北朝以前の伊勢神宮の御厨名として知られる。
ただし、御厨としての小柳津は、およそ近代の豊田村全域と推定されており、
当地はそれを地名として引き継いだものと考えられる。
なお、小柳津は「おやいづ」と読むため、焼津地名としての捉え方もあり得る。

小柳津西宮神社拝殿

また、当社は駿河志料では西宮明神社とされ、末社に神明、弁天社とあり、現在も天照皇大御神が相殿として祀られている。
神明は御厨の名残とも考えられるが、同じく小柳津御厨を構成していたと考えられる三ヶ名、五ヶ堀之内にも神明宮があり、
御厨の中心地がどこだったかは判然としない。
弁天社は神仏分離の際に廃されたのかもしれない。

なお、東名高速道路の建設に伴い、昭和四十二年に現在地に移転している。

(「新編豊田村誌」、「焼津市史 民俗編」、「志太地区神社誌」)

踏査結果・考察

江戸期の地誌に、小柳津にシャグジがあったことを示す記載は見当たらない。
また、神社誌等に小柳津西宮神社の境内社に関する記載もない。

それにもかかわらず参拝したのは、
「西宮神社はシャグジから遷移した場合があるから、念のため確認しておこう。」
と思ったからである。
今にしてみれば、概要に記した創立の経緯から、その例には当たらないことがわかる。

ところが、現地を訪問したところ、想定外に左軍神社と津島神社が鎮座していた。

左軍神社、津島神社
左軍神社、津島神社

この左軍神社の由来を示す資料はなかなか見つからなかったが、資料を何度も見返すうちに、
「新編豊田村誌」に掲載された明和九年(1772)の小柳津村明細の中に、
「氏神西宮太神宮」と並び、「さこし(左口)社」と記されていることに気がついた。

境内社殿
境内社殿

探せば見つかるものである。
境内社となった経緯は確認できないが、明治以降に津島神社とともに寄せられたものと思われる。

2022/8/20踏査

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